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風立ちぬ、観てきました。思ったり考えたりしたこと。

風立ちぬ、観てきました。思ったり考えたりしたこと。

どうも。キサラギ@kisaragi_Virです。

 

今日は仕事がお休みだったので映画館へ。封切り直後で今話題の映画といえばそう。スタジオジブリの新作「風立ちぬ」です。朝早くの初回上映に行ったのですがそれでもかなり席は埋まっておりました。僕の住む街の小さな映画館でもかなり席は埋まっておりましたから、メディアで報道されているように映画館に足を運んでいる人が多いようですね。ネタバレしない程度に感想など書いてみました。


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風立ちぬ、の「飛ぶ」ということ。

僕にとってスタジオジブリの映画というと「宮崎駿監督が作った作品」というイメージが強くて、それは自然溢れる風景の描写と愛嬌溢れるキャラクターが織り成すファンタジーな世界観なんじゃないかと思います。そして同時に空を自由に飛ぶ爽快感がキレイに描かれている作品だとも思います。(宮崎監督の飛行機好きは世間でもわりと有名な話ですしね。)

「天空の城ラピュタ」では主人公パズーが暴風を抜けて空に浮かぶ城ラピュタにたどりつく場面。激しい雷雨の「動」から一気に穏やかな城の庭に降りる「静」に変わる切り替えが印象に残っていますし、「紅の豚」は全般に飛行機の話で見所も多いのですがなかでも終盤の空戦は迫力でした。「大人のケンカってこうやるんだぜ」みたいな戦闘機乗りの意地も一本筋が通っていて気持ちのよい作品。「ハウルの動く城」は最後に出てくるワンカット。そこに至るまではどんなオチがつくのかというくらいにドタバタするのですが、あの飛ぶ城のシーンで「ああ、この空気感だよなあ」と思ったりしたわけです。

と、これまでの作品は「空を飛ぶ爽快感」みたいなものの印象が強く残るのに対して、今作は「空を飛ぶ美しさ」を追求しているのかと思います。表現が合っているかどうかが微妙なのですが、より飛ぶことにストイックになっているのではないかと感じました。思い描いたイメージを図面に起こして計算し材料を加工しては組み立てる。うまくいくかどうかは実際に飛ばしてみないとわからない。そうして失敗しながら新しい図面を起こしていく。それの繰り返し。大空を自由に飛ぶということがいかに難しいことか。それを半生をかけて実現したある一人の男のはなしが今作ではないかと思います。

風立ちぬ 公式サイト

 

簡単なあらすじ。

内容としては主人公の堀越二郎が幼少からの夢である飛行機の製作に挑み、試行錯誤し、挫折しながらも理想の機体を作り上げていく。というのが話の骨子になっています。

堀越の生きた時代は関東大震災から戦争へと至る時代の動乱期。大空を舞う人類の夢だった飛行機が国同士の戦いのための道具に変わり、まだ開発の歴史が浅い日本は列強諸国に負けないために短期間のうちに急速に進化をしなければならない状態にあり、そこで堀越は設計者として頭角を現すことになります。

もうひとつのパートは、この堀越と既にイタリアで成功しているカプローニ伯爵。本来出会うことがない二人の設計者が夢の中という舞台で交流してお互いを理解し、技術の進化と共に乗せるものが人ではなくて爆弾に変わっていくことへの悲哀と、それでも夢を乗せた新しい飛行機を開発し続ける理想を共有をするものです。

史実に基づいたパートと、夢でのカプローニ伯爵との交流。このふたつのパートが折り混ざって物語は進みます。

そして堀越は菜穂子という女性と運命的な出会いをします。交際を続けていくうちにやがて二人はお互いを意識するようになるも、菜穂子は重い結核という病魔に侵されていていつまで生きられるか分からない身。それでも二人はお互いをいたわりながら生きていきます。

結果はどうなるのか…。それは映画館でご覧になるのがよいかと思います。

 

途中で気になったこと。

宮崎アニメの飛行機モノでやりたいことは結構いろいろぶち込んできた感があります。飛ぶシーンよりも図面開いて計算している時間の方が多分長いでしょうし、専門用度も説明抜きでバンバン出てきます。知らなくても全く問題はないのですが、???となるシーンはあるでしょう。

そして面白いのは煙草を吸うシーンが多いこと。最近のアニメはお子様への悪影響とやらで喫煙シーンが減っている、とも聞くのですがこの映画はそういうのがお構いなしで堀越はじめみんなで図面とにらめっこしては煙草をふかします。僕は個人的に好きなんですけどね。こういうシーンって。

 

感想として。

すごく落としどころの難しい作品なんじゃないかと思います。飛行機好きが日本で活躍した設計者の半生を描こうと思えばどうしても戦争から離れて作品を作ることは難しいはずです。堀越が作った飛行機は零戦。その機動性は戦時中に他国の飛行機乗りを恐れさせた驚異的な飛行能力であった反面、防弾性能が著しく低いいわば「紙装甲」。パイロットの生命は常に危険と隣り合わせであったといいます。そして最終的には特攻機、として帰ることのない発艦をしていくことになります。そこには設計者としての苦悩があったはずでそこから目を背けて作品は作れないでしょう。

そして宮崎監督自身が反戦主義を貫かれている方です。きっと敵艦に特攻をかける零戦のシーンを入れることなどは考えない方でしょう。そのあたりの矛盾を解消させる方法として「夢のカプローニ伯爵との出会い」を加えてシナリオをお書きになってのじゃないかと思います。だから堀越は純粋な少年の心のまま飛行機の開発を続けていきますし、何を憎むこともしないのです。その辺りはキレイ事、なのかもしれないですけど、監督の描きたかったテーマは戦争がメインではなくてその時代に生きた日本人の話じゃないかと。だからこれでいいのだと思います。

変に戦闘機なんかの予備知識があった状態で観る方が難しく観てしまうのかもしれません。戦時中に生きた日本人の生き方。堀越を囲む人たちはみな美しい。言葉使い、立ち居振る舞い、考え方。そういったものがとても丁寧に描かれていました。終盤で菜穂子が取る「ある行動」が僕にはとても美しく悲しい、だけど理解ができるもので思わず涙腺が緩んでしまいました。

美しくも切ない、僕にはそんな映画でした。

 

Because there is restraint, I can fly

(束縛があるからこそ 私は飛べるのだ)

Because there is sadness, I can soar highly

(悲しみがあるからこそ 高く舞い上がれるのだ)

Because there are adverse circumstances, I can run

(逆境があるからこそ 私は走れるのだ)

Because there is a tear, I can move forward

(涙があるからこそ 私は前に進めるのだ)

 

Mahatma Gandhi

 

 

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きさろぐ。は映画ブロガーサミットを応援しています。

 

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