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あの日から3年ですね。今日想うこと。

どうも。キサラギ@kisaragi_Virです。 一生記憶に残るであろうあの日から3年が経ちました。もう3年なのか、まだ3年なのか。きっと、人によってそれを測る物差しの長さは違っているかとは思うのですが、できるだけ多くの人に少しでも早く安息の日々が訪れることを心から祈っております。 medium_277221852 photo credit: Hamed Saber via photopin cc こうして平穏に今年の3月11日を普通に仕事を終えて家に帰り、暖かい食事ができることがいかに幸せであるかということを再確認しながらこの文章を書いています。 僕が住んでいるのは福島県の福島市です。震災のあった瞬間のこと、その後に起きた事故のことはこの先も絶対に忘れることはないと思いますし、どれだけ時間が経っても記憶から風化させてはいけないことでしょう。 正直な話、内陸部の人間としては地震のこともそうですが、原発被害に振り回されたこの3年だったような気がします。これまで経験をしたこともない原発の事故がさほど遠くない場所で起きる、なんて予想をしたこともありませんでしたから、何が起きているのかわからない事に対する恐怖であるとか、ここに住んでいて大丈夫なのか、という漠然とした不安のなかで生活をしていたわけです。 いろいろなことに憤り、失望し、呆れ、悲しみに暮れた時期もありました。それでも周りの仲間や家族らと問題をひとつひとつを乗り越えてきたからこそ今日の穏やかな日常があります。

Change the world !

この先、全ての問題が終息するのには途方も無く長い時間がかかるのは事実でしょう。それでもひとつひとつの問題が解決してゆけばきっと明るい未来がそこにはあるはずですから、それを信じて僕なりにできることをやっていくしかないよね。と最近は考えることにしています。 理不尽な不幸を呪っても誰も救えませんし、自分自身も楽しくありません。でも例えば僕が何か楽しいことを見つけて周りに拡散すれば、ほんの少しだけかもしれませんけど周りも明るくなれる可能性があります。どんなことでも可能性を積み上げていけば思わぬ明るい収穫がやってくるかもしれませんからね。そこに期待してみたいな、と思います。 なんかカタい文章になってしまいましたが、そんなことを考えた一日でした。

おまけ。

ちなみにですが。僕がダメージを受けた趣味のスペース部分で震災後にやったことも書いておきますね。

  1. 1年以上読んでいない本は全て売却しました。本棚から崩れるとかなり危険なうえ、重さも相当なので持ち出す気にはまずならないだろうと判断したので。
  2. 精密機械類は棚の低いところに置く事に。カメラ、パソコン、ハードディスク、その他落ちたら一発アウトなものは安全なスペースを確保するようにしました。
  3. 大事な書類や写真はひとまとめにした上で念のためにクラウド上にも残しておくことに。dropbox、evernote、copy、いろいろありますからね。キレイにフォルダ管理できると気分がよいです。

たいしたことはやっていませんけどこれだけで随分とスッキリしましたし、いざ持ち出す時に必要なものが明確になってよかったと思います。(まあ、どれだけ本を死蔵していたのかがハッキリした、とも言います。) 余分なモノを持たない生活に切り替わりつつある昨今でございます。 今日はこのくらいで。お読みいただきましてありがとうございました。

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