3月のライオン(前編)イノセントな青年の成長を描く将棋映画だったよ。
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キサラギ@kisaragi_Virです。
踏まれても叩かれても、努力さえしつづけていれば、必ずいつかは実を結ぶ
升田幸三
僕にとって「将棋」の思い出といえば小学校時代くらいまで遡ります。父に買い与えられた将棋盤で、なんとなくルールを覚えて家族で対戦したり、学校のクラスメイトと休憩時間に遊んだり。
一度は子供将棋大会で友達と一緒に公民館みたいな場所で知らない小学生と対戦したり。あの時どのくらい勝ったのか、負けたのか。今となっては記憶にも残ってはいないんだけど、夏休みの一大イベントとしてとても楽しい時間を過ごした感覚だけは残っています。
子供にとっては結構複雑なルールの遊びだとは思いますが、気分だけは「将棋の駒」というちょっとした軍団を率いるリーダーとして敵を倒すことの楽しさでいろいろな戦術を試したものです。ファミコンでも将棋ゲームはいくつか買いましたし、パソコンでも暇な時に遊んだりしたものです。
まあ、それほど上手くはなかったですけど、のちにシミュレーション系のゲームが好きになった要因の一つであることには間違いありません。一周回ってそのうちまた将棋盤に向かったら、きっとそこには今までとは違う風景が見えるのかもしれません。
こんな書き出しですが、先日「3月のライオン」という映画を観てきました。羽海野チカさんの漫画が原作で、NHKでアニメにもなっています。僕は原作は未読でしたがアニメ版を観ていましたのでとても楽しみにしておりました。
主人公は事故で家族を失った過去を持つ高校生の青年で、名前は桐山零。孤児となった零を引き取ってくれたのが将棋棋士の幸田柾近。棋士の家の子供として、次第に将棋の力に目覚めていくわけですが、零は幼少の頃から他人とうまく接することができない性格で、幸田の家にいる本当の子供たちともうまくいかず、学校でも友達ができない。それでも義理の父に認めてもらいたい一心から、将棋の腕だけは開花して高校生ながらプロ棋士としてデビューします。
このプロ棋士として生きていく覚悟を決めて成長していく過程を描いた作品を実写映画として作成されたのが今作なのですが、とても良い作品に仕上がっているなあ。と楽しく鑑賞させていただきました。なので、どのあたりがよかったかを書いてみようと思います。
ストーリーは取捨選択の結果、ほどよい緊張感が出たのでは?
将棋モノ、っていうのは映画のジャンルとしてはややマイナーでしょう。映像作品としては週刊少年ジャンプの連載から2008年にテレビドラマ「ハチワンダイバー」、2016年に松山ケンイチさんが主演で「聖の青春」という作品も公開されているのでちょっとした波は定期的に来るものなのかもしれませんけど。
どうしても将棋のルールがわからないと面白くないんじゃあ?と思われるかもしれませんけど、特にそういうことなく楽しめる作品だと思います。むしろ、この作品を見て「将棋って面白そう!」と思える人が少しでも増えればいいなあ。
一対一でお互いの頭脳を総動員した駒を使ったボクシングだとでも思ってみればいいんじゃあないかと。実際、プロ棋士ともなると一局対戦するだけで数キロ痩せる事もある、と聞いたことがありますがら、頭脳戦であると同時に体力も消耗する、静かだけど激しい勝負の世界がそこにはあるのです。
アニメ版ですと零が戦う将棋の世界と、彼を取り囲んで優しく見守るまるで家族のような仲間たちの世界、二つが同時に穏やかに進んでいくのでシリアスな部分とコミカルな部分の両面を楽しめる作品なのですが、映画版ではどちらかというと将棋界のパートがメインになっています。これにはファンでも意見が別れるようです。
零がひょんなことからお世話になる川本家の三姉妹との心温まる、だけどちょっとほろ苦い交流を描く部分に関してはだいぶ削られている事は確かにそうなんですけど、そのぶん最年少のプロ棋士としての懊悩や挫折、そういった部分が強く引き立つ印象になって、ナイーブな青年が勝負の世界で自分自身を削りながら戦う、ヒリヒリとした緊張感を感じながら観ることができたと思います。
プロの棋士として生きていくためには当然、勝って、勝って、勝ち続けないと生き抜くことができない世界です。それでも当然勝てない相手というものは出てきますし、作品に出てくる他の棋士にも「負けられない理由」というものはあります。
そのあたりの人間模様が実に面白い作品なんです。「負けると降格が決まる」「家族と会えなくなる」「ライバルに勝つために挑み続ける」前向きな理由もあればそうでもないものもあります。でもそれが人間臭さとして生きているんですね。
そこには絶対悪というものはなくて、人が生きていく上の矜持として、お互いの譲れないプライドがぶつかり合う世界観がうまく醸し出されていました。
確かに川本家のネコのエピソードがない、とか二階堂の将棋はじめて絵本のエピソードがないから「ニャー将棋音頭」がどうにもならない、とかあるんでしょうけど、それを両立するのは映画の枠ではいくら前後編の作品でも難しいのかもしれません。もしもドラマなんかになって1クール10話くらいの尺になれば色々とエピソードが盛り込めるとは思いますけど、2時間強の前編で緊張感を切らずにストーリーを進めるのであれば、こういう構成になるのは理解できます。
キャスティングが絶妙にして豪華。多すぎるくらいです。
この「3月のライオン」は大友啓史監督の作品。「龍馬伝」の演出や「ハゲタカ」「るろうに剣心」などの監督で最近話題の作品に携わってらっしゃいます。もともとある作品によく合った演者さんをキャスティングするのがうまいと思うのですよ。るろ剣の抜刀斎に佐藤健を抜擢するあたりのセンスが今回も炸裂しています。
主演の桐山零役に神木隆之介、担任の教師、林田に高橋一生、A級棋士八段、島田開に佐々木蔵之介、同じくA級棋士九段、後藤正宗に伊藤英明、絶対王者にして名人の宗谷冬司に加瀬亮、義父、幸田に豊川悦司、零の永遠のライバル、二階堂晴信に染谷将太(これは特殊メイク枠でもあるんですけどw。)零の義姉、幸田香子に有村架純、などなどまあとんでもなく豪華絢爛な布陣なんです。
登場人物が多い作品でもあるんですけど、ここまで個性的な演者さんが並ぶと壮観ですね。
なかでも印象的なキャストをあげていけば、まずはやはり主役の神木隆之介さん。23歳にしての高校生役なんですけど、全く違和感がないことが素晴らしい。この人は出演作ごとに演技をきっちりと変えてくる「カメレオン俳優」の一人だと思うのですが、今作も新しい表情を見せてくれました。屈折した少年期を過ごした孤高の天才青年、っていう難しい役どころを実に自然に演じています。
かつての作品だと「SPEC」シリーズでも「ニノマエ」という特殊能力者役でも相当に屈折した役を演じられていました。あの時は相当にぶっ飛んだ屈折サイコ系神経質少年を演じていましたが、今作では思春期特有の甘酸っぱさとイノセンスな雰囲気が出ていてとても清廉なイメージが強いです。
そりゃあこんな男子が道で倒れていたら拾って帰る女の子は星の数ほどいるだろー!っていうツッコミはほどほどにしておいて。周りが自分のせいでどんどん不幸になっていく、と責められて感情が爆発した時に絶叫するシーンがあるんですけど、まあ上手い。こんな芝居を見せられたら一発で涙腺崩壊されますよ。まだ20代前半でこれならどれだけ成長していくんだろう。末恐ろしい才能ですね。
次に好きなのは島田開「八段」役の佐々木蔵之介さんです。粘り強く負けない将棋を打つタイプ。山形出身で地元からはタイトルを期待されているけど、なかなかあと一歩届かない苦労人。それでもA級棋士。相当に強い役どころだぞ、っと。なんと言っても原作を書いている羽海野さん自身が佐々木蔵之介さんをイメージして書いていた。というエピソードもあるぐらいですので、この人の登場はある意味で必然ではあるんですけどホントいい味が出ています。
零と対局する時に見せる慈愛に満ちた表情、逆に後藤戦で見せる闘志むき出しの表情の目力。(ここではお互いに柚餅子や饅頭を食べながらガンを飛ばし合うおやつバトルが必見です。)ストレスで胃がキリキリ痛むなか宗谷名人に挑む決死の表情、全てが素晴らしい。もともと作られていた「島田開」のモチーフに佐々木蔵之介が降臨することによって完成した、まさに完全体がそこにはあるのです。
この勢いでもう一人いきますか。担任の林田先生です。最近人気急上昇中の高橋一生さんが演じていますけど、この飄々としたキャラクターは物語の一服の清涼剤的な存在で、友達のいない零にとっては唯一の学校での理解者。出演シーンこそ少ないですが、アニメ版に非常によく似たキャラクターになっていますからなんともしっくりとハマっています。学校の屋上で一人寂しくご飯を食べている零を心配して一緒に食事をするシーンなんかはほっこりしますね。
おまけは二階堂晴信役の染谷将太さんです。この人はまあ「出オチ」枠ではありますw。公式でも映画のスクリーンショットが公開された当時、あの特殊メイクの巨漢は誰が入っているんだ?と話題になりましたが、こちらも最近話題のカメレオン俳優、染谷さんでした。
かなりぶっ飛んだメイクでお笑い要素の一つでもありますが、芝居が始まると意外に自然で、なんか溶け込んでました。もっとキャラとしてクドくなるのかとも予想していましたがいいヤツですw。できれば川本家での活躍シーン、見たかったかなあ…。
最後は幸田香子役の有村架純さん。零にとっては「義理の姉」ということになりますが、このあたりの人間関係がこじれているのがこの作品の根本に座る「苦味」なんです。香子にとって零は自身の棋士への夢を絶った憎い存在であり、家族のカタチを歪めた張本人であり、そして間違いなく自分よりも棋士としては強い、というどうしようもない事実。
結果として「成長してく零に事あるごとに悪魔的な言葉遣いでまとわりついて、過去の呪縛に縛り付ける」という魔女的な存在になっています。あ、そして美女なんですよw。
有村架純さんといえば、これまで清純な役どころが多いイメージがありましたけど、この作品で新しい一面を見ることができたのではないかと思います。心配するような表情で、優しい笑顔で、零が対極に集中できなくなるような相手の弱みを伝え、苦悩する姿を楽しむように見ているのですけど、それだけじゃあないんだと思うんですよね。
自分が成し得なかったプロ棋士への道を進む零に対する愛しさと憎しみとがあい混ざった難しい感情を上手に演じておられたように見えました。
設定が現実とリンクしているから、聖地巡礼できます。
この作品の舞台は東京、千駄ヶ谷に実在する将棋会館を中心に、佃島や月島方面が零のアパートや川本家のあるエリア、作中に頻繁に出てくる橋は中央大橋。とかなり正確に場所が特定されているのも面白いですね。川の見える場所が多いのが特徴的なのかも。ネットでも「聖地巡礼」をしている方を多く見かけます。
少し前からアニメの聖地巡礼ってメジャーになってきてますよね。去年だと「君の名は。」で飛騨の方がかなり熱かったようですが、今年は東京下町が熱くなるのかもしれません。海外からのお客様なんかも増えたらいいですね。
その上で個性的な棋士達にはそれぞれモデルになっている元ネタがちゃんとあるようです。ウィキペディアでも出てきますけど、公式ではないようなので正確な情報じゃあないかもしれませんが、桐山零は羽生善治さん、二階堂晴信は村山聖さん、島田開は島朗さん、宗谷冬司は谷川浩司さんがモデルになっているとかいないとか。でも、こういう情報が入っていると将棋ファンの方には楽しいですよね。そういったところから実に入り口が広く、奥の深い作品になったんじゃないかと。
後編に期待せざるを得ない!
と、ここまで自由気ままに長いこと書き綴って来ましたけど、この作品、まだ前編なんですよ。
後編がどんな展開になっているのか、原作自体もまだ完結していない作品にどんな幕を引くのか、期待せざるを得ない展開なのです。
2017年春、話題の前後作の後編は4月22日に公開予定。しばらくは前編の公開も続くんじゃあないかと思いますのでこの期に見ておくことをおすすめいたします。
かくいう僕も、今度東京に行く機会があれば月島方面に足を伸ばしてみるのもありだよなあ、なんて考えてみたりしてますけどw。そんなところで今日はこのくらいでおしまい。よければまた観てくださいね。それではこのあたりで。
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